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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)91号 判決 1967年7月13日

理由

《省略》

乙仲(乙種海運貨物仲立業)である被控訴人が、昭和三八年七月二五日頃、控訴人の手を経て訴外スタンダード物産株式会社からベビー毛布一、〇〇〇打の保管の依頼を受けたが、その後右ベビー毛布一、〇〇〇打の預託名義を右訴外会社から控訴人名義に切り換える旨の通告と控訴人から右保管料は右訴外会社の負担であるとの通告を受け、後日右ベビー毛布一、〇〇〇打が出荷された。その後控訴人からベビー毛布一、〇〇〇打を被控訴人に送荷し、その輸出手続を依頼してきたので、被控訴人が右ベビー毛布一、〇〇〇打を船積みして船荷証券を入手し、控訴人が被控訴人に対し、昭和三九年五月六日、船賃六六万八、九四四円を小切手で支払つた。控訴人が被控訴人に対し右船荷証券の引渡しを請求したところ、さきに訴外会社が支払うことになつていたベビー毛布一、〇〇〇打の保管料を被控訴人に支払つておらず、その支払いのため振出されていた額面合計金一六万三、九二〇円の約束手形二通(乙第一、二号証)の支払期日は昭和三九年五月二七日、同年六月二七日とするものであつたが、これより以前の同年四月頃、右訴外会社が倒産して期日が到来してもその支払いを受ける見込みがなくなつたため、被控訴人が控訴人に対し、右訴外会社振出の約束手形二通と交換に本件為替手形に引受けをしなければ船荷証券を引き渡さない旨主張したので、控訴人は訴外会社振出の約束手形二通(乙第一、二号証)の引渡しと交換に、それと同額面の本件為替手形(甲第一号証)に引受けをなし、被控訴人から船荷証券の交付を受けた。以上の事実は当事者間に争いがない。そして、《証拠》を総合すれば、次のような事実が認められる。訴外スタンダード物産株式会社は電気製品、一般雑貨の輸出を業としていたものであつて、かねてより控訴人から輸出用毛布を仕入れ、これを海外に輸出していたが、その輸出手続を乙仲である被控訴人に依頼していた。控訴人は、昭和三八年七月二五日頃訴外会社の注文により輸出向けベビー毛布一、〇〇〇打を代金二七〇万円で売り渡し、訴外会社の指図により右ベビー毛布一、〇〇〇打を被控訴人に送荷し、前記のように訴外会社名義で預託した。ところが、訴外会社は海外(クエート)の買主からの信用状の到着がおくれ、右商品を現金化することができず、前記代金二七〇万円の支払い確保のためにさきに控訴人宛てに振出した約束手形の決済に窮し、やむなく控訴人から融通手形として金額一五〇万円の約束手形の振出を受け、その担保の意味で前記のように右ベビー毛布一、〇〇〇打の預託名義を訴外会社から控訴人に切り換えがなされたのであるけれども、その後になつても信用状が届かず、結局右ベビー毛布一、〇〇〇打を控訴人の諒承のもとに出荷したうえ国内で売却処分してその売得金をもつて前記融通手形の決済に当てた。訴外会社は昭和三九年三月頃、海外(クエート)の別の買主からベビー毛布一、〇〇〇打の注文を受け、その信用状も到着したので、控訴人に対し、あらためて右ベビー毛布一、〇〇〇打の発注をなしたのであるが、控訴人は前記のような経緯に懲りて、直接自ら輸出することとし、右訴外会社に信用状と委任状の交付を要求し、訴外会社は信用状の行使に関する一切の権限を控訴人に委任して信用状等を控訴人に交付した。控訴人はその頃、訴外会社名義であらためて右ベビー毛布一、〇〇〇打を被控訴人に送荷し、その輸出手続を依頼した。

被控訴人はこれを船積みして船荷証券を入手した。そこで控訴人は被控訴人に対し、右船荷証券の引渡しを請求したのであるが、被控訴人と訴外会社の間には輸出手続について取引関係があつたが控訴人との間には一度も取引きがなされたことがなく、後のベビー毛布一、〇〇〇打の輸出手続もすべて訴外会社名義でなされ、その信用状には訴外会社の委任状が附せられているところから、被控訴人は、後のベビー毛布一、〇〇〇打の輸出手続の委任者が訴外会社であり、前のベビー毛布一、〇〇〇打と後のベビー毛布一、〇〇〇打とは同一物であつて、前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管の委託と同様控訴人が訴外会社の代理人としてなしたものであるとして、その船荷証券に対する権利は訴外会社に属するものと信じ、対訴外会社関係において、保管料の支払いを受けないまま右船荷証券を控訴人の要求に応じて引き渡すとすれば、保管料債権の担保としての証券を無意味に失うものと判断し、前記のように控訴人に対し、前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料を支払わなければ、後のベビー毛布一、〇〇〇打の船荷証券を引き渡さない旨申し向けてその支払い方を要求した。そこで控訴人は、さつそく訴外会社に対し前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料を被控訴人に支払うよう要求したが、当時右訴外会社は営業不振で支払能力がなく、その支払いを期待することが困難であるばかりでなく、船荷証券の引渡しを受けなければ、早急に銀行との間に荷為替取引をなし輸出商品代金を得ることができないところから、わずか金一六万三、九二〇万円の保管料の支払いを拒絶することによつて、船荷証券の引渡しを受けられないことよりも、むしろこの際、保管料の支払いを約し本件為替手形の引受けをなしても、船荷証券の引渡しを受けるのが得策であるとして、昭和三九年五月八日前記のように被控訴人に対し、訴外会社が被控訴人に対して負担する前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料債務金一六万三、九二〇円について、右訴外会社に代わつて支払う旨約し、本件為替手形の引受けをなしたものである。以上のとおり認めることができる。

右認定事実によれば、被控訴人は、後のベビー毛布一、〇〇〇打の輸出手続の委任者が訴外会社であり、前のベビー毛布一、〇〇〇打と後のベビー毛布一、〇〇〇打が同一物であつて、前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管の委託と同様控訴人が訴外会社の代理人としてなしたものであるとして、その船荷証券に対する権利は訴外会社に属するものと信じ、船荷証券の留置的効力に依拠して前記のような要求をなしたものであり、控訴人は、前記認定のような事情から、わずか金一六万三、九二〇円の保管料の支払いを拒絶することによつて、船荷証券の引渡しを受けられないことよりも、むしろ被控訴人の要求に応じて船荷証券の引渡しを受けるのが得策であるとして、訴外会社が被控訴人に対して負担する前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料債務について、右訴外会社に代わつて支払う旨約し、本件為替手形の引受けをなしたものである。してみると、被控訴人が控訴人に対し、前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料を支払わなければ、後のベビー毛布一、〇〇〇打の船荷証券を引渡さない旨申し向けた行為は、そのときには前記保管料の支払いのために差し入れられた約束手形の支払期日は未到来であるから、保管料債権の弁済期も未到来であつたと推認されるので、被控訴人の意図は留置権の行使であつたとしても、客観的には留置権を行使しえない理であつたのであるから、これを留置権の行使として適法視することはできないのであるが、前記認定のような事実関係のもとにおいては、その手段と目的とを相関的に考慮しつつ、その行為全体を商業道徳的価値基準に照らして判断するときは、いまだ違法性を帯有するものではないと解するのが相当である。したがつて、控訴人がなした本件為替手形の引受けが被控訴人の強迫によるものであるとして、これを取り消す旨の控訴人の抗弁は採用することができない。

次に控訴人がなした本件為替手形の引受けには原因関係が存在しない旨の控訴人の抗弁を検討する。

前記認定事実によれば、控訴人は被控訴人に対し、訴外スタンダード物産株式会社が被控訴人に対して負担する前のベビー毛布一、〇〇〇打の保管料債務金一六万三、九二〇円について、右訴外会社に代わつて支払う旨約し、本件為替手形の引受けをなしたものであることが認められるから、控訴人の原因関係不存在の抗弁は理由がない。控訴人は、控訴人が被控訴人に対し、右認定のような保管料の立替え支払いを約したとしても、右は被控訴人の強迫による意思表示であると主張するが、控訴人が被控訴人に対し、右保管料債務を訴外会社に代わつて支払う旨約した意思表示が被控訴人の強迫によるものであるとして、これを取り消す旨の抗弁の採用できないことは、既に認定したところから明らかであるといわなければならない。

そうすると、被控訴人が控訴人に対し、本件為替手形金一六万三、九二〇円及びこれに対する支払期日である昭和三九年六月三〇日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息金の支払いを求める本訴請求は正当として認容すべきである。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は正当。

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